「わたしとは何か?」は、時代を超えて問われる主題です。これまで、哲学や神学、芸術によって、そして近年では脳科学によって、その回答が試みられています。「わたし」は意識の生じるところにある、と考えるならば、心理学や脳科学が最も「わたし」と近い研究領域のように思われます。しかし、現代社会においては、自分の身体や思考、行動等さまざまなものが情報化されるとともに、自分の意志の有無に関わらず情報世界の中で新たな「私」が形成されています。たとえば、携帯電話でメールを打つときの「かな漢字変換予測機能」は、使用者の思考の癖が携帯電話の情報空間に転写されたものだといえます。そして、それが提示する予測結果は、ときに今まで気付かなかった「わたし」の思考様式をも明らかにし、もはや自分とは違う誰か(もうひとりの「私」)のものであるような気すらしてきます。本展覧会では、脳の中にある「わたし」と、情報メディア技術によって生じた「私」の新しいあり方を、人間科学と情報科学の融合研究の立場から捉えなおすことを試みます。
本展覧会は、脳の中の「わたし」と情報の中の「私」をテーマに企画しました。“知の巨人”南方熊楠の脳髄標本や、「だまし絵」の手法を用いた作品を導入部として、人間科学と情報科学の融合研究をもとにした10点近い体験型作品を展示します。脳の中の「わたし」が自分だと思っていた情報と、それがインタフェース技術によって、再び提示された情報の中の「私」が必ずしも一致しない。そんな不思議な感覚が味わえる体験型の展覧会をお楽しみください。